後藤徹「死闘・監禁4536日からの生還」の書評・レビュー。拉致監禁・強制棄教の実態とは?

当ページのリンクには広告が含まれています。

教の自由は、日本においても基本的人権の一つとして保障されている。しかし、その信仰の自由が家族の手によって心身ともに奪われることがあるとしたらどうだろうか。

2025年2月に発刊された『死闘 監禁4536日からの生還』は、著者・後藤徹氏が12年5ヶ月もの想像すらできない長期間に渡って、暴力的な方法で拉致監禁され、棄教を迫られ続けた実体験を記した衝撃のノンフィクションだ。

統一教会(現・家庭連合)という宗教の信仰を持っているだけで、家族から監禁され、途方もなき長きに渡って自由を奪われた彼の壮絶な日々、さらにその背後にはキリスト教牧師・脱会屋が指南していた事実。

そんな想像すらできない生きるか死ぬかの過酷な環境での「死闘」が生々しく描かれている。

この本を通じて、拉致監禁強制棄教の闇の実態、そして信仰の自由とは何か、人権とは何かを改めて考えさせられるはずだ。この記事では、『死闘』の内容や読者のレビューをもとに、この作品の魅力と意義を深掘りしていく。

目次

「死闘」とは?著者の後藤徹氏について

『死闘 監禁4536日からの生還』は、後藤徹氏が自身の壮絶な監禁体験を克明に綴った衝撃的なノンフィクションだ。

後藤氏は統一教会(現・家庭連合)の信者であり、家族や脱会を促す団体によって12年以上(12年5ヶ月)にわたる監禁生活を強いられた。

本書では、その長期間に及ぶ監禁の実態と、親族や脱会牧師らにどのような仕打ちをされたか?またそれに抗い続けた彼の信念が詳細に描かれている。

後藤徹氏はこの過酷な経験を経て、宗教的な信条を理由にした強制的な監禁の問題を社会に継続して訴え続けている。彼の体験は、信教の自由、人権侵害、そして日本社会における宗教に対する偏見の問題を考える上で、極めて重要な事例だ。

後藤徹氏「死闘」の概要

本の目次

本書の目次は、後藤徹氏の監禁生活の実態や解放まで、そして裁判までの経緯を時系列で整理し、彼が置かれた状況を詳細に伝える構成になっている。具体的には以下のような内容だ。

▼第1章──家族と私と
この世に一つしかない居場所
信仰との出会い  
奇妙な部屋とヘビースモーカー
ホテルから犬猫マンションへ
鈴木祐司として生きる

第2章──完全なる崩壊
高速道路の暗闇の先で
笑みをたたえた牧師の登場
脱会宣言
父の死、再び東京へ

第3章──死んでたまるか
あの男との戦い  
繰り返された乱闘の末に
四〇歳からのハンスト
生と死の狭間で
怨讐を愛せよ
目指すは松濤本部
反撃開始
許せない理由

第4章──取り戻すための戦い
再出発と刑事告訴
話にならない決定
一対六の戦い
母の死
追い詰められた人々の断末魔
まったく不十分な“勝訴判決”
戦い抜いた一二年五カ月と七年

終章──拉致監禁は終結していない
拉致監禁と強制棄教の内情

本の概要

本書は、後藤氏がいかにして、拉致監禁牧師や脱会屋の指南を受けた親や兄弟たちよって「脱会説得」という名目のもと監禁され、自由を奪われたのか、その過程を克明に描いている。

監禁された空間は外界と完全に隔絶され、彼は信仰を捨てるように強要され続けた。食事の制限、心理的圧迫、逃走の試み、そしてそれを阻止しようとする監禁者たちとの攻防……。まさに「死闘」と呼ぶにふさわしい長い闘いが展開された。

また、後藤氏が12年5ヶ月という途方もない期間を耐え抜き、拉致監禁現場から逃れた後に起こした裁判についても詳しく触れられており、日本における信仰の自由と人権問題に関する議論を喚起する内容となっている。

彼の経験は、単なる個人的な拉致監禁被害の話ではない。日本社会全体が抱えるすさまじい宗教的偏見と人権侵害の問題を浮き彫りにしている。

「死闘」の本を読んだ感想(書評)

12年5ヶ月にも渡って拉致監禁された衝撃的な事実

後藤徹氏が12年5ヶ月もの間、拉致・監禁されていたという事実は、想像を絶する衝撃だ

12年以上もの長い年月、自由を奪われ続ける生活を、あなたは想像できるだろうか?

1995年9月11日、31歳の後藤氏は実家に帰ったその日に突然拉致され、見知らぬマンションの一室に監禁された。部屋は施錠され、外に出ることはもちろん、好きなものを食べたり、やりたいことをする自由すら完全に奪われた

しかも、監禁されたのは31歳から44歳という、人生において最も充実したはずの時期。社会との関わりを断たれ、ただひたすら棄教を迫られる日々が続いた。そこに人間の尊厳などあるはずがない。

ときには餓死寸前まで追い詰められ、生ごみを漁って生き延びたこともあったという。しかも、その監禁を仕組んだのは、他ならぬ彼の家族・・親や兄弟だった。この事実はあまりにも悲しく、あまりにも過酷だ

それでも彼は、12年5ヶ月もの苦難に耐え抜き、最後には信仰を取り戻した。この壮絶な事実を前に、誰もが言葉を失わずにはいられない。

拉致監禁を行うキリスト教牧師と脱会屋の存在と親を巻き込む非道な実態

この統一教会信者への拉致監禁・強制棄教の背後には、キリスト教の牧師や脱会を専門とする活動家が関与し、親族を巻き込んだ非道な実態が明らかになっている。後藤氏自身、家族やキリスト教の牧師、脱会屋の宮村峻氏らから執拗な棄教の強要を受けたことが記録されている。

家族が信仰の自由を奪う手段として利用されるという構図は、倫理を完全に逸脱した恐ろしい現実だ

統一教会信者に対する拉致監禁は、かつて年間370件以上もの被害が報告されていた。日本基督教団をはじめとするキリスト教会が、統一教会信者の強制的な棄教を目的として組織的に関与していた実態が垣間見える。

結局親子関係の修復はできなかった悲しい現実

長い監禁生活を乗り越えた後藤氏だったが、親子関係の修復は叶わなかった悲劇が心に残る。

親・兄弟といった家族が拉致に関与し、大切にしていた信仰を完全に否定された苦しみはいかばかりのものか。12年5ヶ月もの間、親族による監禁が続いたことで、家族間の信頼は崩壊し、関係の修復は不可能となった。

記事にも、監禁解放後の裁判で勝訴したものの、家族との絆を取り戻せなかったことが示唆されていて、読後には何とも言えないやりきれない思いが募る。

信仰の力の尊さ・力強さをまざまざと感じる

後藤氏の体験からは、信仰の力がどれほど尊く、力強いかがものすごく伝わってくる

12年以上も続いた絶望と飢餓の中であっても信仰を貫いたこと。そして悩みながらも裁判を起こし、完全勝訴したことも、信仰が支えとなった証だ。普通の人ならまず耐えられない。いや、信者でも耐えられるものではない。数週間、数日でも耐えられないような過酷過ぎる環境の中にあって12年5ヶ月も耐えて信仰を取り戻したんだから、その信仰の力、凄まじさに驚嘆せざるを得ない。

本の中でも、「孤独の苦しい時、本当に深刻に祈らざるを得なかった」と語る彼の言葉が紹介されている。

後藤徹氏の信仰を持っているがゆえの精神の強さに感動し、信仰が人生を救う力を実感する読者はきっと多いことだろう。

信仰の自由を奪う卑劣な行為にどう立ち向かうか?

強制的に拉致・監禁し、信仰の自由を奪おうとする行為に対し、後藤徹氏は司法の場で真っ向から立ち向かった。

監禁から解放された後、彼は長年にわたり拉致監禁の違法性を訴え続け、最終的に最高裁で全面勝訴を勝ち取るに至る。この裁判闘争の軌跡は、理不尽な弾圧に屈しない強い意志の象徴だ。当初、家族を相手に法的措置を取ることへの葛藤もあったが、本書にあるように、深い祈りの末に使命を感じ、行動を起こした彼の姿には、まるで神の導きがあったかのようにさえ思える。

実際、後藤氏の全面勝訴以降、統一教会信者に対する拉致監禁の被害は大幅に減少した。警察すら動かないこの深刻な人権侵害に対しては、法的措置の徹底と社会への認知拡大が不可欠であることを改めて痛感させられる。

文章が上手くて非常に読みやすい

本書の文章は驚くほど上手く、非常に読みやすい。アマゾンのレビューでも「ミステリー作品を読んでいるかのようで、どんどん読み進めました」とあるが、まさにそんな感じだ。集中して読み始めれば一気に最後まで読めるだろう。私も休むことなく、一気に読めました。それだけ緊迫感ある展開に自然に引き込まれます。

後藤氏の筆力は、過酷な体験を感情豊かに伝えつつ、読者を退屈させない構成に仕上げており、文学的な魅力すら感じさせる。

後藤徹さんの関連動画2つ紹介

後藤徹さんの人となりや拉致監禁の状況はどういうものだったのか?等、この「死闘 監禁4536日からの生還」の本を読む前に、ぜひこちらの2つの動画も見ておくことをおすすめしておく。

拉致監禁被害者インタビュー / 後藤徹(12年5ヶ月監禁被害者)✕ 福田ますみ(ノンフィクション作家)

ノンフィクション作家の福田ますみさんが後藤徹さんへインタビューした時の映像。監禁されていた時の具体的描写が衝撃だ。

後藤徹『死闘 監禁4536日からの生還』自伝出版記念 ライブ講演会【2025.2.10 フルバージョン】

後藤徹氏「死闘」の出版記念ライブ講演会。後藤徹氏が12年5ヶ月の長い拉致監禁生活から解放された記念日でもある2月10日(2025年)に開催された。

メインスピーカーは後藤徹氏だが、他に、家庭連合の田中富広会長、ドラゴン牧師こと岩本龍弘氏、中山達樹弁護士、徳永信一弁護士のお話もあり、非常に盛り上がった会だ。徳永弁護士の言われていた「この本は、日本の「夜と霧」。魂のホロコーストだ」の言葉がとても印象的だった。

統一教会信者への拉致監禁・強制棄教の実態は議論されるべき

藤徹氏の『死闘 監禁4536日からの生還』は、単なる個人的な体験記にとどまらず、信仰の自由や人権問題に関する深い考察を強烈に促す一冊だ

後藤氏は、統一教会の信仰を理由に家族によって拉致され、12年5カ月もの長期間自由を奪われ続けた。背後には、強制脱会を推奨するキリスト教牧師らの指導があり、親族が実行役を担ったため、警察も介入せず、助けを求める術すらなかった。

密室での長期監禁という壮絶な環境のなか、彼は生き抜き、ついには自由を勝ち取った。その過程は凄まじく、彼の心の葛藤や絶望、そして希望の描写が圧倒的なリアリティをもって読者に迫る。

本書を読むことで、強制棄教を目的としたキリスト教牧師らの暗躍と、彼らが統一教会信者を自らの教会へと取り込もうとする実態が浮き彫りになる

表向きは「家族の問題」として処理されるため、警察は動かず、訴えても「親子で話し合え」と突き放される。この理不尽な構造の中で、家族関係が完全に破綻させられた信者も少なくない。実際、拉致監禁・強制棄教の被害者は少なく見積もっても4,300人以上に及ぶとされている。

あわせて読みたい
統一教会の拉致監禁・強制改宗の被害者は4300件以上。数字の根拠を問う意味はあるのか? 統一教会(家庭連合)信者の拉致監禁・強制改宗の被害は、1966年以降で4300件以上にのぼるとされている。 この4300件という数字は現代の日本において想像すら困難な驚く...

なぜ、日本では統一教会の信仰を持っているというだけで、これほどまでに信仰の自由が踏みにじられなければならないのか。

かつて「隠れキリシタン」として迫害を受けながらも信仰を貫いたはずの日本のキリスト教が、いまや他宗教の信者を強制的に棄教させるという矛盾に満ちた行為を行っている。このような人権侵害は決して許されるべきではなく、統一教会信者への拉致監禁・強制棄教の実態は、今後ますます社会で議論されるべき重要なテーマだ。

後藤氏の『死闘』は、信仰を理由に拉致監禁された一人の信者の記録であると同時に、信教の自由とは何かを考えさせる重要な証言でもある。

本書を通じて、一宗教の信者がその信仰を理由に迫害されてきた現実を知り、日本における真の信仰の自由とは何かを考える契機としてほしいと願うばかりだ。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

日本と世界の平和を願う人です。偏向報道や宗教差別がまかり通っている今の日本にあって、正しい情報を分かりやすくお伝えしていきたいと思っています。

コメント

コメントする

目次